プラザ合意

 中曽根康弘元首相が令和元年11月29日に101歳でご逝去されました。
私は出生届の期限日にまだ、名前が決まっていませんでした。焦った父は当日の朝刊を開き、九頭竜川ダム汚職事件で新聞に取り上げられていた中曽根元首相の名前を見て、「康弘」という名をそのまま出生届に書き込み提出し、私は命名されました。
 汚職事件で取り上げられていた人物から名前をつけたことを、命名理由として聞いたとき驚いた記憶があります。
 そのことから、私は元首相には絶えず関心を持ち続け成長しました。今元首相のことで、最も印象に残っているのは、『プラザ合意』です。

プラザホテル

 昭和40年代を過ごした小学生のころ、経済は高度成長し日本はめまぐるしく変化していました。時代の寵児である田中角栄の『日本列島改造論』で、地方も公共事業の恩恵受け、新築する家も増え、家計も年々豊かになっていく実感がありました。
 昭和50年代前半には、輸出で日本景気も向上していることが実感でき、中学生のときに出版された『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』を読んだときは、心が踊らされました。

 昭和60年には、ドル高が騒がれニューヨークのプラザホテルで「ドル高の是正」の合意がなされたとの報道を見ました。
その後、どこまで円高が進むのか心配し新聞の為替レートを注視していたことが思い出されます。
当時まだ20歳から22歳くらいのときでしたが、日本の輸出はどうなるのか不安を覚えました。

 しかし、バブルが始まり、心配は無用だったと安堵した記憶が蘇ります。
バブル時代を謳歌する中で、心の中には人生に対する心配の欠けらもありませんでした。

バブルの崩壊、失われた20年(30年)、すべては『プラザ合意』から始まっていたのでしょうか。

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